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活動日記
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年末から何を描いたらいいのかわからない時期が続いた。

2020年を振り返った時に、コロナで中止になった展示や発表の機会の穴埋めもせず、ぼんやりと過ごしてしまった自分に対し、ひどく自己嫌悪を覚えてしまった。

なんてだらしがないのか。
でも、何を描いたらいいのかわからない。
ぼんやりしていると何かに置いていかれる気がする。何かしなきゃ何かしなきゃと焦る。自信を失ってしまう。

この嫌な感じ、知っているかも。

私、会社員時代にちょこっと心を病んで退職してしまったことがある。
退職までは至らずとも、休職そのものや休職に差し掛かろうとしていた日々に感じていたあの感じと、ちょっと似ている!
電車に乗れない、うまく呼吸ができない、げえげえ吐く、人と会うと2日は寝込む、人と話すと涙が出る、病院に行く数日前から憂鬱、薬局で処方薬を渡される時に言われる「お大事に」が恥ずかしくてたまらない。

仕事は大変だったし、失敗だらけだったけれど、充実もしていた。好きな分野で好きなことを取材した。やりたいこともやらせていただいていた。
大学の研究室で働いていた時も、創作活動もしながらで大変だったけどきちんと働けたのに。
なのに、なんで会社を続けられなかったのだろう。
兼業禁止で創作活動ができない会社だったから、退職して作家として専念できているからいいじゃんと言われるし、そう思うようにしている。けれど辞め方は完全に逃げだった。

社会からの落伍経験のダメージは大きい。
家庭とか社会からはいいけど、創作活動からだけは逃げたくない。
逃げたらいよいよ居場所がなくなってしまう。どうしても逃げたくない。

脳内で、一人で勝手に、自己嫌悪やパニックを起こしている。なんて迷惑なんだ。
せめて、長いこと先延ばしにしていたポートフォリオの再作成でも、と思い立つ。それは自分の過去作品を見直す機会となった。

「売れやすさ」「評価されやすさ」を目標に描いていた絵は、我ながら「うへ〜」ってなる。
けれど、それすら愛おしくて「きちんと絵で稼いでいて、人間関係も器用にこなせていたんだね、すごいね」とちょっと昔の自分を尊敬した。
あと、「嫌いなものだらけなくせに絵を描くのはそこそこ好きなんだね」とも思った。

会社を退職してしまったから、社会からの落伍者だと、自分を恥じていた。
でももしかしたら、自分にとって当たり前だった「描き、発表する」がほんの数年なかっただけでおかしくなるくらいには絵や創作活動が好きで、だからもたなかったのかもしれないなと思う。

働くことは嫌いではない。けれど兼業禁止(絵を発表し、売ることはできない)は私には向いていなかった。別に社会の落伍者でもなく、ただそれだけのことなのだ。私には私の働き方があるのだと思うし、人には人の働き方があるだけのこと。

描けないで焦っているけれど、作品にしようとか考えないでちょっといたずら描きをしたら、とても楽しかった。
寝っ転がりながら、お正月だから単純にミカンや春の七草を描いたりして。ナズナ(ぺんぺん草)を描く途中でフッとこみあげてくる思い出と風景が浮かんできた。

私が狂ったようにぺんぺん草を鳴らした山のようなものが、今はもう無いことを思い出した。まだどうなるかわからないけれども、これをテーマに絵を描きたいなと、ちょっと思えてようやくミニトンネル脱出の気配。

2021/01/02 17:14 投稿

今年の抱負「自分の可能性と向き合うぞ〜」

あけましておめでとうございます。 ...